映画「プラド美術館 驚異のコレクション」公式サイト » COLLECTION

ディエゴ・ベラスケス
Diego Velázquez

スペイン文化の黄金の世紀に活躍し、バロック美術を代表する巨匠。明暗の処理、光線の表現、遠近法に熟達し、近代外光絵画の先駆者といわれる。1599年、スペイン、セビーリャ出身。幼い頃からフランシスコ・パチェコの工房で学び、18歳でパチェコの娘と結婚。1623年、24歳でフェリペ4世の宮廷画家となる。フランドルの画家ルーベンスの助言を得てイタリアに留学し遠近法や彩色法などを学ぶ。帰国後、レティーロ宮殿「諸国の間」に飾るため『ブレダ開城』『王太子バルタサール・カルロス騎馬像』を製作。画家として活躍するかたわら、28歳で国王の私室取次係に任命。53歳の時には王宮配室長に出世しつつ、その間に『ラス・メニーナス』『織女たち』の2大傑作を製作した。王女マリア・テレサとフランス国王ルイ14世との婚礼準備中に過労で倒れ、1660年8月6日死去。作品はマドリードの王宮にまとめて残されたためスペイン国外に知られることがなかったが、1819年のプラド美術館開館と同時に発見され、名声を得た。

フランシスコ・デ・ゴヤ
Francisco José de Goya y Lucientes

ベラスケスと並び、スペインを代表する画家、版画家。1746年3月30日、スペイン、フエンデトードス出身。13歳の頃、絵を学び始める。63年に修業のためにマドリードに出るが、その後ローマに留学。帰国後に、師事していた宮廷画家フランシスコ・バイユー・スビアスの妹と結婚する。75年、王立タピスリー工場の原画画家として働き始め、89年にはカルロス4世の宮廷画家に抜擢される。病気のため聴力を失うが精力的に活動し『着衣のマハ』『裸のマハ』 をはじめ『カルロス4世とその家族』など多くの傑作を制作。1814年頃には独立戦争を主題にした『5月2日の蜂起』や『5月3日の処刑』なども描く。鋭い洞察力に基づく肖像画・宗教画・風俗画を描く一方、版画の連作『ロス・カプリチョス』などで幻想的な作風も示した。1819年にマドリード郊外の別荘に移り、『黒い絵』シリーズを描いた。1828年4月16日、フランス、ボルドーで死去。

エル・グレコ
El Greco

大胆で、鮮やかな色彩、強烈な光と陰の対比、引き延ばされた独創的な人体表現、ダイナミックな構図が神秘的な高揚感をもたらすといわれる。1541年、ギリシャ、クレア島に生まれる。故郷で後期ビザンティン様式のイコン画家として活動するが、1566年から67年頃にヴェネチアに渡り色彩豊かな絵画制作を学び、70年にはローマでルネサンスとマニエリスム様式や美術理論を学ぶ。76〜77年頃にスペインへ移住。エル・エスコリアル修道院宮殿のために大作『聖マウリティウスの殉教』を手掛けるが、フェリペ2世の庇護は得られなかった。1577年にトレドに移住してから1614年に同地で没するまで、高位聖職者や知識人を中心に顧客を得て、宗教画や肖像画だけでなく神話画や風景画などの作品も残した。エル・グレコとはギリシア人を意味する。本名はドメニコス・テオトコプロス。